京都家庭裁判所 昭和48年(家)342号 審判 1973年6月06日
申立人 斎藤慎一(仮名) 昭四一・九・二生
右法定代理人親権者 朝田慎吾(仮名)
主文
申立人の氏「斎藤」を父の氏「朝田」に変更することを許可する。
理由
一 申立の要旨
申立人は主文と同旨の審判を求め、その実情として述べるところは次のとおりである。
申立人は、父朝田慎吾と母斎藤淑子との間に出生した婚外子であるが、生後間もなく昭和四一年一〇月五日父慎吾の認知を受け、その旨父の戸籍の身分事項欄に記載された。また昭和四八年二月一日には協議により親権者を父朝田慎吾と定める旨の戸籍届出がなされ、さらに申立人は当初からその父母の膝下に同居し、事実上父の氏朝田を称して社会生活を営み、この春小学校に入学する関係もあつて、この際父の氏朝田を称したく本申立に及んだ。
二 事実
よつて、本件調査審問の結果ならびに本件記録、別件当庁昭和四〇年(家イ)第二四六号、第二四七号同居、婚姻費用分担、昭和四五年(家イ)第四六九号夫婦関係調整、昭和四七年(家イ)第四六七号夫婦関係調整の各事件記録によれば、申立人が述べる上記事実はすべて認められるほか、次の各事実が認められる。
(1) 申立人の父朝田慎吾は、昭和二七年九月三〇日その妻栄子と婚姻届出をし、二人の間には長女汀子(昭和二八年一〇月生)二女恭子(昭和三〇年三月生)三女みか子(昭和三二年一月生)および長男健吾(昭和三四年九月生)の四子があり、長女は○○大学○○学部に在学し、ほかの子女三人は○○市に母栄子と同居している。
(2) 朝田慎吾は○○大学医学部卒業後同学部第○外科講師を勤め、昭和三九年四月以来斎藤淑子と○○市に同棲し、二人の間に申立人が出生し、申立人は事実上朝田の氏を称して成長したが、淑子は斎藤の氏のままでピアノ教室を経営している。
(3) 朝田慎吾と斎藤淑子の二人が親しくなつたのは、淑子がピアノ教師として、朝田の三人の女児にピアノを教えるようになつてからのことであり、昭和三九年四月申立人の父が斎藤のもとに走つて以来一度も妻のもとに復帰したことはなく、妻との絶縁状態が継続し、もはやそれは宿命的とでもいうほかはない。
(4) 朝田栄子は朝田が別居してから一時は生活にもこと欠いたが、昭和四一年七月からは婚姻費用の分担として一ヵ月二万三千円の仕送りを受け、現在は化粧品店を経営して一ヵ月一五万円の収入があり、相当の貯蓄もできて一応安定した生活を営んでいる。
(5) 朝田慎吾から妻栄子に対し、昭和四五年四月以来二回にわたつて離婚の調停申立がなされたが、いずれも解決を見るに至らないで取下に終つてしまつた。しかし二人の絶縁状態が九年にも及んでいる今日、もはや復縁は困難で、いずれは慰藉料など相当な条件をもつて離婚するほかはない状況である。
(6) それはともかく朝田栄子は申立人の入籍には少なくとも嫡出の子女たちが結婚するまではと、絶対反対の態度を表明しており、四人の子女もこれに同調している。
(7) 一方申立人の父朝田慎吾は栄子との間に離婚を望む決意は固いながら、早急解決は無理なところから、申立人の氏の変更だけでもと思つて、申立人の法定代理人として本件申立を見るに至つた。
(8) 申立人も斎藤慎一が本当の氏名であることを知らず、この春小学校入学に先立ち、父母から学校では斎藤慎一と呼ばれることもあるとそれとなく諭されたが、申立人はお父さんは朝田慎吾で、ぼくは朝田慎一である、と言い張つてきかないので、父母もやむなく学校に連絡し、その諒解を取りつけて朝田と名乗らせ、一応ことなきをえている。
三 判断
申立人の父朝田慎吾とその妻および嫡出の子女四人の構成する一体的家族共同生活関係は、申立人の父が斎藤淑子のもとに走つて重婚的内縁の同棲生活を営み、次で二人の間に申立人が出生し、父の認知を受けるに至つて、そのいずれに非があるかの判断はともかくとして、すでに事実上破壊されてしまつた。そして申立人が学齢期を迎えた現在においては、この崩壊した夫婦生活関係が復活する蓋然性はもはやほとんど皆無に等しいのである。しかも、申立人慎一の戸籍および申立人の父慎吾の戸籍の身分事項欄には、父朝田慎吾の認知届出の旨が一目瞭然に記載されており、このことはなんびとにも隠しおおせるものではない。
したがつて、将来、嫡出の子女の結婚、就職などに、申立人の子の氏の変更が認められたとしても、これによつて格別の支障、影響があるとも考えられない。すなわち、改氏により朝田慎吾の戸籍の「父朝田慎吾母栄子長男健吾」の次の欄に、新たな記載として「父朝田慎吾母斎藤淑子男慎一」との欄が設けられることを意味するに過ぎないのである。これに引きかえ申立人が朝田慎吾の戸籍に入籍することは、以後申立人が晴れて父の氏朝田を称しうることになるのであるから、社会福祉上の利益ははかり知れないものがある、というべきである。
「すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるように努めなければならない。すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない」(児童福祉法第一条)のである。学齢期に達した婚外子にも改氏の愛と福祉を。申立人に、これをしも拒否すべき、なんの罪科があろうか。
以上の理由により、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 平峯隆)